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「過程や時間を大切にしたい」アーティスト・にしなにとっての“ものづくり”

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他愛のない会話、誰にも見せない日記、空想の世界でふくらむ旅……。

想いを形にする行為を“ものづくり”と呼ぶならば、私たちは日々、何かをつくっている。

数年後に読み返して、「当時はこんなことを思っていたんだ」と驚いたり、人から「昔、こういうこと言っていたよね」と言われ、まったく覚えていない、まるで自分ではない誰かが話していたことを聞いたような新鮮さを感じたり。

私たちはものをつくって、それを渡し、受け取りあって過ごしている。

この世界は“ものづくり”があって成り立っている。
そう思うと、自分のなかにある表現の種に、目を向けたくなる。
そして、誰かの“ものづくり”に対しても、そんなまなざしを向けていたいと思う。

作詞・作曲に限らず、自身のミュージックビデオの監督や写真など、さまざまな表現をしているアーティスト・にしな。

彼女の“ものづくり”は、保育園でつくった粘土のクワガタや好きなアーティストの曲を歌うことからはじまり、曲づくり、ミュージックビデオへと広がっている。

ちいさな“ものづくり”が、新しい作品へと昇華されることもあれば、自分の原点に立ち返らせてくれることもある。

そんなにしなの、“ものづくり”の種を拾っていく。


いつでも、どこにでも行けるように。




にしなは、高校二年生のころより曲づくりをはじめ、2021年4月にデビューした。以降、自ら作詞・作曲した曲に歌声を乗せながら、写真やミュージックビデオの監督など、さまざまな表現活動をしている。

取材前、「撮りたいものがあったらカメラを渡すので教えてください」と伝えると、彼女は「見つけたらすぐに撮りたいので」と、移動中であっても肌身離さずフィルムカメラを持ち歩いた。



撮影を終え、どういうものに惹かれたのかを聞くと、彼女はこう語った。

たとえば洗濯物の干し方が独特で、思わず立ち止まって「そんな洗濯物の干し方するの!?」と驚いてしまうような、人間味が出ている風景に惹かれました。人を撮るのも楽しいし、人にまつわるものが好きなのかもしれないです。



少し離れたところにいるスタッフを見つけてカメラを向けたり、カメラマンとおすすめのカメラについて話したり、「人が好き」という気持ちは、取材中にもよく表れていた。

最後には「記念に」と、私たちKOMOREBI編集部を撮影してくれた。
取材者・対象者の壁をこえて、ともに作品をつくっているような、そんな気持ちになれた。

彼女の人との接し方は、相手との境界線を溶かすようだった。
自らをさらけ出すのでも、相手の領域に土足で踏み込むのでもなく、皮膚と皮膚を合わせて、じっとりと体温が同じ温度になるのを待っているような柔らかさを持っている。



幼いころは、硬筆、お絵描き教室、水泳など、さまざまな習い事をしていた。けれどそれが長く続くことはなかった。

「音楽のような、表現の道に進むタイプとは思われていなかったんじゃないかな」。彼女はそう振り返る。

何かをはじめるときにまわりに宣言するタイプと、ひとりで黙々とやるタイプとがあると思うんですけど、私は後者なんです。「○○をやります!」と言ってしまうとどんどん人の目が気になり始めて、できなくなることがあるくらいで。

音楽も、そうだった。

昔からずっと音楽をやりたくて、でも「ギターを習いたい」と家族に相談したら「これまで習い事をやっても長く続いてこなかったし、続けられるの?」と言われそうで、言われたらそこで心が折れてしまいそうで言えなかったです。

それに、「○○をやります」と宣言して「頑張ってね」と言われたとしても、「なんで頑張れって言われて頑張らないといけないんだろう」と思ってしまうし、かといって「だめだよ」と言われてもモヤッとしてしまうし……(笑)。天邪鬼なんです。きっと、放っておいてほしいのかもしれないです。いつでも、どこにでも行ける状態にしておきたいのかも。



ずっと、歌うことが好きだった。音楽は、にしなにとって大切なものだった。

高校二年生のころに作詞・作曲をはじめた彼女が”作品”を完成させたと思えたのは、それから一年後のこと。

高校を卒業する前に書いた曲が、私にとってはじめての“作品”でした。目的はなく、卒業を控えた自分の気持ちをただ記したんですけど、その曲を書いたときに「この曲を先生に聴いてもらいたい」と思ったんです。結局聴かせずに卒業してしまったのですが、自分の作品が完成したとはじめて思えたのがその曲でした。

誰かに聴いてもらいたい。そう強く思えたときに、楽曲は彼女にとって大切な“作品”となった。



音楽をつくるときは、ひとりで作業をすることが多いのだろうか。聞くと、「役割を決めてやることが多いです」と彼女は言う。

最初から最後まで誰かとつくることはほとんどないです。メロディと歌詞を私が担当して、アレンジを誰かにお願いするとか、コード進行をもらって楽曲づくりに挑戦してみる、とか、そういう流れでつくっています。けれどすべてが分断されているわけではなくて、相談したり、頼ったりしながらものづくりをしています。

曲をつくるきっかけはいろいろあるのですが、ひとつは怒ったり悲しかったりしたときですね。たとえば、喧嘩をして「本当はこう伝えたかったけど感情的になってうまく伝えられなかった」という出来事があったとき、冷静になってからそのことを曲にすることもあります。感情を整理したり、想像したり、いろんなものを込めてつくっています。

探しながら、書く。書きながら、見つける。




歌詞、メロディ、歌、映像、写真……。あらゆる表現方法に挑戦し続ける彼女は、ひとつの“曲づくり”でも、その方法はさまざまだった。

歌詞とメロディを同時につくるときには自宅でギターを鳴らしながら考えることが多いんですけど、歌詞とメロディを分けてつくるときには、電車や自転車など、移動しながらのことが多いです。山手線をぐるぐるしたり、駅からの帰り道だったり……。

テスト勉強も動いているほうが捗ったりするじゃないですか。そういう経験の積み重ねなのかもしれません。じっとしているより、身体を動かしたり、移動したりするほうが集中できる。



彼女の表現の種は、移動中に芽生えることが多い。一方で、その種となる部分には記憶がない。

きっと、根本にあるのは街で見かけたことや本のなかで触れたことなのですが、つくるときには明確に引っ張ったものに関する記憶がなくて……。ある程度時間が経ったときにぽんと浮かんでくることが多いんです。インプットをしようと映画を観ることもあるけれど、それも忘れた頃に出てきて。

歌詞を考えるときには、情景を思い浮かべたり、音の響きからつくったりする。

あ・い・う・え・おの音から「この母音を使いたい」と思って言葉を探すこともあります。たとえば「おっう(O・U)」の響きがいいと思ったら言葉を探して「コップ」という単語にたどり着くとか、「コップ」から芋づる式でワードを探すとか。浮かんだ言葉を適当に並べてから詩を整理していくこともあれば、使いたい単語から派生させてストーリーを作っていくこともありますね。

情景を浮かべるときには、シーンが断片的にある。そうして「この景色いいな」「このコードが好きだな」とつなぎ合わせながら、結末を探すようにして書いていくと言う。



「今日写真を撮ったときにも『これを撮りたい』と決めず、探しながら撮る方法をとっていたと思います」と言う彼女は、たしかにカメラを構えて瞬間的に抑えるのではなく、周囲を見渡しながらとらえていた。

話を聞きながら、彼女はものづくりをするなかで、常に何かを探しているのかもしれない、と思った。孤独に生み出すよりも、外に出たり、誰かと接したりしながら、“にしな”を更新し続けていくような。

諦めが悪いのかもしれないです。まわりに迷惑をかけているかもしれないと思いながらも、最後まで足掻きます。ライブで販売するグッズをつくるときにも、いろんなことを試してから決めたくなるんです。「候補のなかから選んでください」という場面でも、「Aを押さえておいて、BとCを組み合わせたパターンをつくってもらってもいいですか?」と試行錯誤を重ねていて。

音楽やグッズに限らず、ミュージックビデオをつくるときにもそう。ミュージックビデオは私の作品でもあるけれど監督の作品でもあるので、私のこだわりを押し通すことでいいものが生まれるわけではないし、自分の想像でのものづくりは想像内でしか完結しない。だからこそ人とものをつくるわけだし、相手を大きく信頼して、委ねてこそいいものができると思うようになりました。



そう思えるようになったのは、デビューしてからだと言う。

幼少期からの友人は、付き合いが長いぶん、お互いがどのような人なのかを理解しあっていたけれど、年を重ねるなかで環境が変化し、考え方や性格が違う人と出会い、ともにものづくりをするなかでもどかしさを感じることもあった。

そんな経験から、彼女は少しずつ変わっていった。

彼女は「私も自分のことをよくわからないんですけど」と前置きをした上で、こう語った。

自分のことも人のことも、本当の意味で理解することはできないんだろうという思いもたしかにあって。それでもコミュニケーションを取ろうとするのは、諦めが悪くて、何かを愛したいし愛されたいからだと思います。



「諦めが悪い」と彼女は自身のことを言う。けれど、それは「可能性を捨てない」ということなのかもしれないと感じた。食わず嫌いはせずに、少しだけ食べてみる。好きなものと組み合わせてみる……。そういう挑戦の積み重ねが、いまの彼女をつくっている。

何かをつくるうえで一貫して大切にしているのは「嘘をつかない」ことですね。リスナーとして音楽を聴いていても、歌い手がどういう人かはなんとなく想像できると思っていて。宇多田ヒカルさんも、会ったことはないけれど本当に思っていることを書いているんだろうなと思うし、そんな作品だからこそ、深いところで繋がれる。だから私も嘘をつきたくないし、ついていないものが好きです。

自分の色は、自分でつける。




たとえ言語が通じなかったとしても、楽しい曲は楽しい気分にさせてくれるし、悲しい曲は悲しいと伝えられる。それが音楽の良さだと思います。自分の気持ちを誰かにわかってほしいという思いが強いわけではないけれど、少しでも伝わっていたら嬉しいな、と思いながらつくっています。

2021年11月にリリースした『debbie』では、はじめてミュージックビデオの監督を担当した。

彼女にとって音楽は「0から1を生み出す行為」で、ミュージックビデオは「1を10に広げる行為」だと話す。

『debbie』のミュージックビデオの制作を経て、新たに「他のアーティストのミュージックビデオをつくってみたい」という思いが芽生えた。

そして同時に、音楽に強いこだわりがあることにも気づけた。

音楽のほうが強くこだわりが出るし、守るべきこだわりがないといけないと思う自分がいます。“にしな”の色は自分でつけてあげたい、それがなくなったら私がつくる意味がない、と思うんです。

こだわり続けたいなんて言いながら、最近までずっと悩んでいたんですけどね。

そう言って、彼女はちいさく笑った。



いざ音楽をやめようとしたら、ぱたっとやめれてしまうタイプではあると思うんです。どんなこともやると決めたらとことんこだわりたいし、納得できるまでつくりたいんですけど、「音楽がなければ生きていけない」と言い切れるわけではなくて。

最近やっと気持ちが落ち着いてきたのですが……。ずっと好きだった音楽を仕事にする難しさも感じるようになって、曲をつくれなくなったり、音楽を聴けなくなったりしたこともありました。昔は、無理をしてでも続けなければと思うこともあったけれど、やめるにも勇気がいる。それに、未来がどうなるかなんて誰にもわからないから、今後のことを決めるタイミングは今じゃないと思うようにしています。



新型コロナウイルスが日常を変えはじめたころから二年弱、悶々とした日々を送っていたと言う。

「何も考えたくない」とYouTubeを見て過ごしたり、自宅にこもったり。朝起きて、夜眠りにつくまでに、これまで好きだった“歌”という存在がなかったこともあった。

悩みを打ち消すように、何もせず、ぼーっとしながら日々を過ごしていた。

そんなときに、ふと目に入った音楽番組に尾崎豊の映像が流れていて、「あ、そういえば私はこういう人たちに憧れたんだ」と思い出したんです。「曲をつくる以前に、私は歌うことが好きだった」と。それからは、カラオケに行って好きな曲をひたすら歌って過ごして。

原点回帰として好きなアーティストの楽曲を歌ったり、「ご飯が美味しい」みたいな、そういう些細な幸せに目を向けたりしていたら、「一曲だけ、まずつくってみよう」と思えるようになりました。



立ち止まらざるをえない時間があったからこそ、新鮮な気持ちで“歌うことが好き”という気持ちと出会い直せた。

彼女は、自分に素直に生きている。納得するまで諦めず、落ち込んでも原点を思い返しながら、ものづくりをする。

ものづくりの根源にあるのは、純粋な楽しさや面白さだ。

苦しいときや辛いときには、そんなことを思い出す余裕もなければ、もう一度やってみようと感じられないこともある。

けれど、すべてでなくても“少しだけ”やってみることはできる。



彼女にとってそれは、“歌を歌うこと”だった。

そしてその小さな一歩が彼女のものづくりの原点に立ち返らせ、新たなものづくりへと繋げてくれた。

今でも不安はあります。でも、不安はあってしょうがないものだと捉えています。俯瞰してみると「宇宙サイドから見たら私なんて点のようだし、存在も、することもしょうもないんだから好きに生きよう」って思えるんです。

どん底にいるときにつくる作品の良さもあるけれど、すべてがそうだと自分も辛いし、聴いてくれた人が愛してくれるかというとそうではないんじゃないかと思うときがあって。だから、苦しみを感じたら一旦離れて、それを忘れたころに書くことが多いですね。つくる過程や時間を楽しみたい、大切にしたい。この仕事を続けたいと願えば願うほど、そう思うから。


POSTED

2022-03-21

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