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「直感的なやりたい」に素直になる。「てとてと」の二人が教えてくれた「わくわくドリブン」な生き方

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自由が丘にあるマンションの一階の端っこ。全室をリノベーションしたモデルルームみたいな部屋で開かれる「てとてと食堂」。そこでは、料理を宝石に見立てた「奇跡の宝石料理7品コース」や、熱燗のプロとタッグを組んだ「奇跡のマリアージ9品9酒」などプロのシェフ顔負けの創作料理が食べられる。

この「てとてと食堂」を営んでいるのが井上豪希、桃子夫妻だ。

「何屋さんなの?」と聞きたくなるほど二人は幅広い仕事をしている。

300年以上続く三重県鈴鹿市の和菓子店や100年以上タコと向き合ってきた水産業の老舗と一緒に商品開発をしたり。

オリジナルのリンゴバターやコーラをつくったり。

眼鏡屋さんやお寺のウェブサイトをつくったり。

二人の仕事の基準は、わくわくするかどうか。だから、仕事の話を聞くとこっちまで楽しくなってくる。

どうしたら毎日を「わくわく」する仕事で満たせるんだろう。

その秘密をおすそわけしてもらいに、二人のもとを訪ねてみた。
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はじまりは、目の前の人に向き合うことから


「てとてと」のはじまりは、本当に偶然。桃子さんが豪希さんを「助けたい」と思ったことだった。



自由が丘のマンションに引っ越す前、豪希さんは桃子さんのワンルームマンションに居候していた。理由は転職活動がうまくいかなかったから。

”海上運輸にまつわる鑑定人”という特殊な肩書きゆえに、なかなか就職先が決まらず半ば人生諦めモードになっていた豪希さん。日々モンスターハンターをして暮らす日々を送っていた。

そんな豪希さんだったけど、朝昼晩の料理だけは必ずつくってくれた。

「初めてデートしたときから豪希さんの料理の腕前はすごいなーって思ってたの。だから、その腕前をもっといろんな人に知ってもらったら元気になるのかもしれない。

そう思ってはじめたのが『てとてと食堂』だった。このころは名前もつけてなかったし、私の友達が2、3人くるだけの小さな飲み会だったけどね(笑)」



当時、大手IT企業でデザイナーとして働いていた桃子さん。週末になると彼女の同僚のクリエイターたちが集まるようになった。

元々クリエイティブな職業に憧れを持っていた豪希さん。そんな人たちが「美味しい、美味しい」と言って、つくった料理を食べてくれる姿を見て、徐々に自己肯定感を取り戻していった。

個人的な思いが、二人のやりたいに


趣味の延長線上ではじめたホームパーティ。ただ、楽しいから続けていただけで、これでお金を稼げるなんて思ってなかった。

「最初、僕たちはホームパーティよりもカフェを開きたいねって話してた。だから、カフェを間借りして二日間だけ開いてみたんだ。

100人以上のお客さんが来てくれて、それなりに売上もあったんだけど......。楽しくなかったんだよね。料理をつくって、出して、気づいたら『豪希くん、美味しかった。ありがとう』って帰っていく」

「私たちにとっての楽しいっていうのは、ただ料理を食べてもらうことじゃなくて、料理を通じて来てくれた人と会話してる時間だって気づいたんだよね」



改めて、ホームパーティの延長として「てとてと食堂」をはじめた二人は、徐々にその規模を広げはじめる。自由が丘のマンションに引っ越して、フルリノベーションし、キッチンを家の中心に据えたのもこのとき。

飲み会の延長ではなく、一人5000円で、創作料理を5品提供するスタイルにバージョンアップ。器にもこだわりはじめた。自分たちの好きなもので、好きな人たちをもてなす。やればやるほど楽しさが増し、「てとてと食堂」の開催回数は一年間で100回を超えた。



「豪希さんを元気づけたい」という桃子さんの個人的な思いから生まれた「てとてと食堂」は、二人にとっての「わくわくすること」に姿を変えていった。

与えられた肩書きから、自由になる


引っ越した翌年の2017年は二人にとって肩書きを塗り替えた年だった。

まず、豪希さんが転職に成功する。

「”海上運輸にまつわる鑑定人”という肩書きに囚われていたけど、自分が提供している価値はなんだろうって改めて考えると、相手の困りごとを整理して解決することだって気づいたんだよね」

食のブランディングを得意とする会社に入り、なれない横文字に最初は戸惑いながらも、めきめきと実力をつけていった。



一方、次は桃子さんが仕事で悩みはじめる。6年勤めた大手IT企業をやめ、スタートアップ企業に転職し、新規事業の立ち上げを任されていた桃子さん。デザイナーのキャリアとしては文句ない。しかし、彼女の中には釈然としない思いがあった。

「『てとてと食堂』が楽しすぎて、会社にいるときも、ずっとそのことばかり考えるようになってた。本当は100%新規事業のことを考えないといけないのに、罪悪感が強くて。それで体調を崩しちゃったんだよね」

それでも、すぐに会社をやめられなかったのは、桃子さんの中に「わくわくすることは仕事にしちゃいけない」という思い込みがあったからだ。

「仕事はお金を稼ぐもの。楽しいことは趣味でやること。そういう風に育ってきたから、なかなか自分の気持ちに素直になれなかった」



今まで自分が乗ってきたレールの外にいきなりはみ出すのは怖い。その思い切りをつけるために桃子さんが頼ったのは、占い師。昔から大きな決断で迷ったときは、自分のことを全く知らない人の意見を聞いて、客観的に自分を見つめるようにしていたそう。

自分の話を何度も何度もする中で、デザイナーの仕事が心から楽しいことじゃなかったと気づいたという。

「デザイナーの仕事は、食べていくためにはじめたことだった。でも、『てとてと食堂』は自分が純粋にやりたい、と思ってはじめたこと。子供のころ、折り紙で何かつくりたいとか、つくった砂のお城を壊しちゃえとか、そういう純粋な動機だった」

外から与えられた肩書きの枠にはまっていた二人。豪希さんは自分が得意なことの抽象度をあげることで、桃子さんは自分の気持ちに何度も客観的に向き合ったことで、自分にぴったりの肩書きを見いだした。

あらゆる仕事に、わくわくは隠れている


桃子さんが会社をやめたことをきっかけに二人は会社を立ち上げ、「てとてと食堂」に来てくれた人たちのつながりを元に様々な仕事をするようになる。



会社の信条は、自分たちの内から湧く衝動に素直になる「わくわくドリブン」で働くこと。

でも、そんなに都合良く自分たちがわくわくする仕事が集まってくるのだろうか。

「わくわくすることを待つんじゃなくて、どうやったらわくわくできるかを考えるんだよね」と豪希さん。

「クライアントさんの課題を聞いたら、その課題をどうやったら面白く解けるかをまず考える。例えば、ある豆菓子屋さんが娘さんが自分の仕事をどうやったら『かっこいい、自慢したい』と思えるかって悩んでたんだよ。それに対して、『じゃあ、かっこいいと思える商品を新しくつくっちゃいましょう』って提案したり。

お金があるかないかとか、人が足りるかどうかとかじゃなくて、なんでもできる前提で一番面白いことを考えてみる。そうすると相手の心も動いて、お金や人、そして仕事も後からついてくる」





道端で見かけた植物であれ、クライアントの大きな課題であれ、まず面白がるところからはじめてみる。むしろ、面白がれないことはないんだという姿勢を持つ。

それこそが、「わくわくドリブン」を成り立たせる秘訣なんだ。

心が動くことに、意味はいらない




仕事に限らず、自分たちが「わくわくする!」と感じたことには制限をかけないで投資をしてきた二人。その結果、彫刻がつくられるように、自分たちにとって一番大事なことや心からやりたいことの輪郭があらわになっていった。

やってきたことの中には、はまらないものもあった。自分に向いてないものあった。それでも、まずは一回飛び込んでみる。最初の動機はなんでもいい。

「今クラフトビールがはやってるから自分も乗っかってみようとか。それくらいの理由でも試してみると、毎日続けたいなとか、またやってみたいなとか、自分が何にわくわくするのかが段々わかってくる。僕たちも途中でやめたことたくさんあるよ(笑)。だから、あまり気負いすぎなくていいんじゃないかな」



大人になればなるほど、何かをはじめるのに意味を求められる。なんとなく、説明できないとダメなんじゃないかって気持ちになる。でも、それは思い込みで、いくつになったって子供のように、衝動や感性に思い切り素直になっていい。

そうして小さくはじめた何かが、二人のようにいつか心をわくわくで満たすだろう。

POSTED

2021-04-04

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