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さようなら半さん、こんにちは半田悠人。ミスター・パーフェクトはもういない

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『テラスハウス』に出演し、“半さん”の愛称で親しまれた半田悠人。ミスター・パーフェクトと呼ばれるほど、その立ち振る舞いは視聴者を魅了した。

しかしその実は違う。
挫折だって経験した。迷い悩んだ。そんな彼の半生について。


「半田くん、あなたはすべてやりなさい」

この言葉は、半田悠人にとって天啓だった。

大学3年生、就職活動でスーツ姿になった友人を横目に、建築家・美術家・小説家などなど、やりたいことで頭がいっぱいだった時。進むべき道がわからなくなっていた彼にとって、「ぜんぶやれ」という言葉は、目の前の霧を晴らす風になった。

高校時代にあきらめた、東京藝大進学への情熱に火が付いた。もう悩むことはなかった。



孤独な天才

生き物が好きだった。見ているだけでなんだか楽しかったから。

なにかをつくることが好きだった。手を動かすのがなんだか楽しかったから。

初めてつくったのは卒塔婆(そとば)だった。

幼稚園児だった頃、傷ついて弱ったコウモリを拾ってきて飼おうとしたけど死んじゃって、見様見真似でつくったのを覚えてる。お母さんに「どこでつくり方を知ったの?」って驚かれた。

つくり方の師匠は、通っていた幼稚園を工事していた大工さん。彼らが腰につけている工具差しにあこがれて、将来は大工になろうと思った。



物心がついた頃から友達は多かった。それに地頭も良かったから、テストは毎回のように高得点。まわりがやたらと持ち上げてくれて、中学生の時にはついに“半田天才”なんてあだ名が付いた。

テストで点が取れるだけならこうはならなかった。半田が天才と呼ばれたのは、奇想天外なエピソードに由来する。

例えば小学生の時、3階から飛び降りたらいけない理由がわからなくて、実際に飛び降りたこと(着地したときに手の筋を痛めて病院行き)。

例えば中学生の時、「ぜんぶ蹴っ飛ばした方が早い」と思い、ハードル走ですべてのハードルをなぎ倒したこと(オカモト先生にめちゃくちゃ怒られた)。

こうした発想が、彼を“半田天才”にした。



しかし天才は孤独だった。

相変わらず友達は多い。でも一人の方が落ち着いた。集団のなかで孤独を感じるタイプだった。

学校から帰る道すがら、よく海で黄昏れた。教師が言うことに反発を覚えて、心のなかではバカにしていた。それを見透かされていたのか、中学の卒業式で、ある教師に、「あなたほど冷たい目をした生徒は初めてでした」と言われた。

天才から“元天才”へ

ほんとうの意味で周囲に理解されず、自らも理解されようとしていなかった半田は、しかし一転、高校入学後に変わる。激変といっていい。

「高校の入学式でおれは思いっきり茶髪で、眉毛も全部なくて、舐めんじゃねえぞ!って雰囲気を出してたの(笑) でもまわりは“そういうノリいいから…”みたいな。で、のちのち気づいたの。おれは狭い世界で粋がってただけだって」



高校では運動でも勉強でも一番にはなれなかった。

上には上がいるとか、井の中の蛙大海を知らずとか、そんな気分になった元“半田天才”こと半田くん。なかばまわりに押しつけられた称号から解放されて、少し肩の荷が下りた気がした。

ただ、このままじゃカッコつかないから、1年生の終わりにカナダへ短期留学することに。自分を変えてくれるなにかを探して、いざカナダへ。

「そこで、人ってもっと支え合って生きていかないとダメだって知るんですよ」



カナダでは苦労した。

言葉がわからないから、カフェで頼みたいメニューも伝えられない。友達もなかなかできなかった。でも、そんな彼を気遣ってくれるやさしい人にも出会えた。常にまわりを軽蔑していた自分が、そのまわりにいかに甘えていたかに気づかされた。

「人にやさしくしよう」

そう決めた。

未練たらたら

高校卒業後の進路は東京藝大を考えたけれど、「おれじゃ受験することすらおこがましい」と諦めた。結果、かなり勉強して早稲田大学に進学したけれど、東京藝大への未練がたらたらのまま、大学生活を送った。

そうして3年生になったとき、冒頭の天啓を受けて、そこからすべてが転回する。

1年の浪人をへて、東京藝術大学に進学。自称モブキャラだった彼は、奇抜な個性に囲まれながら、建築科でつくることに熱中。卒業後に、建築家としてのキャリアをスタートした。



ちなみにこの卒業直前に、『TERRACE HOUSE BOYS & GIRLS IN THE CITY』へ出演して、その立ち振る舞いから“ミスターパーフェクト”とあだ名されるようになるが、これがまた厄介な事態を引き起こす。

“半さん”という愛称で親しまれた彼は、誰からも好かれた。特に画面の向こうにいる無数の視聴者は、“半さん”を称賛し、そのイメージをふくらませていく。

“半さん“=完璧というパブリックイメージが一人歩きを始める。かつて天才と呼ばれた時のように、まわりから押しつけられたイメージと実像がずれ始めた。

「だってぜんぜん完璧じゃないもん。だから仲の良い奴らはおれをいじるときだけ“半さん”って言うの(笑)」

“半さん”は、あくまでテラスハウスという番組がつくりだした仮想だ。しかしそのかりそめを、半田は持て余している。

元“半さん”として生きるために



SNSに好きなように投稿できない。

昔はよくやっていた金髪にしづらくなった。

「初めまして」ではなく「“半さん”ですよね感激です!」と言われる。

なんとかイメージを変えようと、TV局からのオファーにすべて応えようかとも考えたけれど、建築の世界は堅気だから、ほいほいTVに出てしまうと仕事がやりづらくなる。

八方塞がりどん詰まり。万事休止のお手上げ状態。

でも、彼は元“半さん”として生きるために、ちょっとした抵抗を始めている。



「せめて会った人には本当の自分が伝われば良いと思ってる。“半さん”をハックしていかないとね」

彼は建築家だ。壊してつくることで、新しい意味を与えてきた。

スクラップアンドビルド。日々なにかを壊してつくる彼は、自分という存在も、同時に壊してつくっていく。

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POSTED

2020-03-01

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