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紙の雑誌は、恩返しのメディア 第1回 TURNS プロデューサー 堀口正裕|「綴じるをはじめる」

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「今、紙の雑誌をつくる意味」はなんだろう。
 
そんな問いから始まった連載「綴じるをはじめる」。
取材するのは、青山ブックセンターの店長、山下優さん。
 
一番最初に話を聞きたいのは誰だろうと話す中で浮かんだのが、「これからの地域とのつながりかた」を考える雑誌「TURNS」のプロデューサー、堀口正裕さん。
 
雑誌作り未経験から雑誌を立ち上げ、20年以上雑誌作りに関わる堀口さんの考える雑誌の価値とは。

経験よりも、情熱でやり切った

山下:堀口さんは雑誌作り未経験から、中途採用で転職して雑誌を作り始めたんですよね。

堀口:そうですね。元々、雑誌やwebなど、広い意味でのメディアづくりには興味があって、大学ではメディアの勉強もしていました。当時のメディアのゼミは、「ニューメディア」とか「メディアミックス」といった今じゃ当たり前の古い概念を有難く学びましたが、いま紙メディアに縛られずに、ラジオ含めたあらゆるメディアや、多様なジャンルの企業とコラボできてるのも当時の学びが活かされてるかも知れないです。

また、メディアは客観的に伝えるべきと言われてますが、当時から主観的に伝えることの重要性も教えて頂きました。

ただ、当時は父親が合気道の師範だった影響で、武道家になりたくて。土日が確実に休みだろうと思ってメーカーに入社したんです。



ところが、配属された部署が365日中369日働く、みたいなところで(笑)。ひたすら営業をしていました。本当に忙しかったんですが、このとき培った営業力がTURNSにも活かされていると思うので、良い経験だったなと思っています。
 
山下:TURNSの出版元である第一プログレスに転職されたのは、何がきっかけだったんでしょうか。
 
堀口:前職に入社して4年目のタイミングで父が亡くなったんです。病院なんてほとんど行かないくらい元気な人だったのですが、難病にかかってしまって。それを機に、どんなに元気だとしても、人はいつ死ぬかわからないと思ったんです。ただ、父はやりたいことを貫いて生きてきた人で、後悔のない人生だったと思います。それで、やっぱりメディアを作りたいと思って、転職活動を始めました。

とはいえ、メーカーで営業をやっていた人がいきなりメディアを作りたい、と言ってもやらせてくれる会社なんかほとんどないわけです。色々と会社を回る中で唯一、自分で資金も全部集めてきたらなんでもやっていいと言ってくれたのが、第一プログレスでした。


 
山下:元々、第一プログレス自体は雑誌を作っていたわけではなかったんですよね?
 
堀口:そうですね。元々は広告代理店で、私が入社した後、会社全体の営業力も強化され、体力もついてきて、そこから自社での出版事業も始まりました。最初に作ったのは、「LiVES」という住宅・ライフスタイルマガジンです。ありがたいことに今も続いています。 

山下:出版社ではなく、経験もない中でどうやって雑誌を作っていったんですか。
 
堀口:最初は知人の編集者の方に雑誌の作り方を聞きに行きました。でも、自分たちが作りたいものって、誰かに「こうした方が良いですよ」と言われながら作るんじゃなくて、自分たちがどうしたいかを突き詰めたものだと思ったんです。でも、雑誌を作るのは初めてだから、最初からクオリティの高いコンテンツを作れるわけではありません。

じゃあどうしたかというと、いろんな雑誌を研究して、自分の作りたいものに近い記事を切り抜いて、それらを貼り付けて雑誌の試作品を作ったんです。今見たらお恥ずかしくて目も当てられませんが。それを持って、いろんな企業に営業して、「こんな雑誌が作りたいんです!」と思いをぶつけて回り資金を集めました。それを元手にコンテンツの作り込みをしていきました。

創刊号を見たら雑誌なんて言えるもんじゃないんですけど。それでも買ってくれる人はいて、うれしかったですね。



山下:創刊号、ちょっと見てみたいです。
 
堀口:是非。全然統一感がないんですけど、表紙だけやたらかっこ良くて(笑)。とにかく作るのが楽しかったですね。売れた後も色々と言われたんですけど、まず自分たちが満足できるものができていることが大事だと思いますし、だからこそ手にとって欲しい人に届いたんじゃないかなと思います。

読者が知りたいことを考え続けた



山下:LiVESの後も何冊か創刊から携わられて、TURNSを創刊したのが2012年。かなり熱量のこもった雑誌だと思いますが、そもそもどういうきっかけで立ち上げたのでしょうか。
 
堀口:創刊のきっかけとなったのは、3.11の東日本大震災です。若い人を中心に、都心と地方をつないで、日本をもっと元気にしていきたいと思ったんです。それが今自分たちがすべきことじゃないかと。
 
地方創生に目を向けたのは、出版に関わっていた「自休自足」というミドル・シニア層向けに地方移住を促す雑誌を作る中で、年々若い人も地方へ移ってきているなと肌で感じていたからです。
 
そこで、自休自足をリブランディングする形でTURNSを立ち上げました。名前は当時の編集長がつけてくれて、UターンやIターンなどの移住する意味だけじゃなく、今までの生き方の振り返りとしてのターンなど「いろんなターンの形を伝えたい」という思いが込められています。
 
立ち上げ当初は本当にうまくいくのか、と社内で議論がありました。自休自足は読者もついていたし、広告費も稼げていたのに、なぜ変えるのかと。



山下:その状態でどうやって刊行までつなげたのでしょうか。
 
堀口:とにかく熱量でやり切った、としか言えないですね。まずは社内プレゼンをして「そこまでいうなら」と許可をとって、自休自足のときにお世話になった企業や自治体を回って、「これからは若者が地方を変えていくんです」と営業しました。ただ、最初はなかなか理解を得られませんでした。「消費活動しない若者を応援してどうすんだ!」とか言われたりして。だから、赤字スタートなんです、TURNSは。
 
山下:そうだったんですね。何が転機となって、軌道に乗り始めたのでしょうか。
 
堀口:読者がついてきたことですね。自分の生き方や働き方を変えたいと思っている若者は沢山いると肌で感じていて、彼らは選択肢を知らないだけだと思ったんです。だから、彼らが知りたいと思っていることを誌面でしっかりと伝え続けたら、読者が増えていった。
 
TURNSの読者層を応援したい、採用したいと思っている企業は絶対にいるはずだと思って、営業し続けたんです。そしたら徐々に売り上げもつくようになっていきました。


熱意の"総量"を下げない

山下:TURNSの記事を読んでいると、作る人の熱量がかなり高いなと感じているんですが、編集部の体制はどうなっているんですか?
 
堀口:実は、第一プログレス内でTURNSに関わる編集者は二人しかいないんです。外部では、編集パートナーという形で、出版社のアタシ社を営むミネシンゴさんには毎号メイン編集者として関わっていただいてます。
 
TURNSは地方からお仕事をもらう場合が多いので、その地方に恩返しをしたいという思いが強いんです。なので、各地方のライターさんやカメラマンさんと一緒にお仕事をするようにしています。



山下:取材する人や場所にどれだけ恩返しできるか、という視点は作る側として大事だなと思います。ただ届けるだけなら、SNSなどで発信した方が効果的な場合もあるじゃないですか。
 
堀口:そうですね。記事一つ作るにしてもまるで自分の子供にように、関わる人も含め大切にしながら作ることって大事ですよね。ミネさんも、TURNSのことを本当に理解して取材依頼をしてくださっている。この前も普段は取材をお受けしないゲストハウスのオーナーの方から「TURNSなら取材を受けます」と言っていただいたり。
 
取材対象一つひとつを大切にし続けてきたからこそ、TURNSに関わりたいと思ってくださる方が増えていると思います。



山下:長く続ける中で編集部内や一緒に取り組むチーム内で熱量は下がらないのでしょうか。
 
堀口:それぞれの熱量にばらつきはあるかもしれませんが、熱意の総量は下げないように心がけてます。だから、誰かの熱量が落ち込んだときにそれをカバーするくらいの熱量を自分が持つ、という意識はありますね。
 
山下:堀口さんご自身は、なぜ自分が熱量を維持できているのだと思いますか。
 
堀口:なんででしょうね(笑)。純粋に仕事が好き、というのはあるかもしれません。あとは、自分が編集長という肩書きではなく、プロデューサーという肩書きだからかもしれないです。TURNS事業全体を盛り上げて、ちゃんと利益も上げないといけない。だから、TURNSをなんとかせねばならない気持ちが人一倍強いのかもしれないですね。


紙でTURNSを残す理由

山下:TURNSは紙の雑誌だけではなく、Webメディアも展開していて、イベントもやっているじゃないですか。当然、紙の雑誌の方がお金の面で見たらコストがかかってると思うのですが、どうして紙の雑誌を続けているのでしょうか。
 
堀口:紙の雑誌って、親孝行や恩返しのメディアだと思っているんです。TURNSに掲載されたり、奥付にスタッフとして名前が載ると、本人たちだけじゃなくて、その周りの人も喜んでくれる。ありがたいことに、TURNSに出たいという方や編集したい、執筆したいという方からの連絡も、毎日のように来ます。紙として残るだけで、こんなに価値を生み出すのはすごいことだと思うんです。だから、この先も残し続けたいと思うし、そのためには、もっと多くの人にTURNSを好きになってもらいたい。



山下:今もお話にあったように、続ける上では売り上げが必要で、そのためTURNSでも広告記事を作っていますよね。僕はどうしても雑誌のザ・広告が好きになれないのですが、TURNSの広告からは“いやらしさ”のようなものを感じないんです。

堀口:広告記事であっても、その人の生き方を表現しようとしているんです。TURNSとは関係ない商品の広告ばかりだと読者の方もげんなりするかもしれませんが、TURNSで取材するのは、移住した人や地域を盛り上げている人なので、コンセプトとのズレがないんだと思います。

山下:読者の目線をまず第一に考えている、ということですね。

堀口:そうですね。なので、クライアントの方々から企画提案をいただく場合も、TURNSの視点で切り口を変えて逆提案するときもあります。私は広告記事は悪いものだとは思っていなくて、むしろお金に真摯に向き合っている結果だと思うんです。以前取材させていただいた方からも「TURNSは稼ぐことにもしっかり向き合っていて、きれいごとがない。そこがむしろ泥臭くて、土のにおいがする」とおっしゃっていただいたこともあって。

ただ、明らかにTURNSに合わないなという広告は入れないですし、営業の方もTURNSがどうあるべきかをわかっているので、TURNSらしくない広告案件を持ってくることはない。関わる仲間は、紙のTURNSが大好きなんです。紙の雑誌については色々言われていますが、紙をやめたくないというのが正直なところです。


雑誌を残すために、雑誌以外にも目を向ける

山下:最近、TURNSはビジネススクールを始められたり、雑誌を起点にどんどん活動を広げていますよね。僕はその活動一つひとつが、まるで雑誌の特集のようだと思っているんです。

TURNSに接するための色々な切り口があり、読者の方は自分の好きな切り口から入ってくる。これって、雑誌のあり方と同じですよね。雑誌の魅力のひとつは、気になるところから読み始めて、気付いたらその雑誌丸ごと好きになっていること。だから、TURNSもアウトプットの形は広がれど、総合的に見るとすごく雑誌的だなと思うんです。雑誌以外の領域にも積極的に広げているのは何故なのでしょうか。



堀口:ありがとうございます。

私たち自身TURNSを通じて、読者の方に何か一歩踏み出して欲しいと思っている中で、作り手の自分たちがそれを体現していないのはどうなんだろうと思っているんです。

だから、まず自分たちが楽しいと思うことをどんどんやっていって、行動そのものがメッセージとして伝わって欲しいと思っています。

山下:TURNSはもはや雑誌ではなく、概念そのものが大きな一つのメディアなのかもしれないですね。

堀口:紙のTURNSを残すためにも、色々な切り口でTURNSとの接点を作っていくことは今後も続けていきたいですね。例えば、ビジネススクールで学んだ方と地方創生に関わる企業のマッチングを支援して、その後、活躍している方をTURNSで取材するという流れを作る。そうすると、その方にも働く企業にもファンができて、ますます地方が活性化する。そして、TURNSを好きになってくれる人も結果的に増える。



これまでは、地方への移住を促す、地方の可能性を伝えるのがTURNSの役割でしたが、地方で活躍できる仕組みを作るところまで来たと思っています。読んだけど何をしたらいいかわからない、という読者の方の悩みを少しでも解決したい。

山下:伝えたいことや紙への熱意は変えず、手法はどんどん変えていくことで、雑誌としてあることの意味がどんどん大きくなっていくのかもしれませんね。

POSTED

2021-09-05

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