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戸田真琴と見つめるひとりぼっちな私たちの美しさ

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「孤独は美しい」
彼女は自身のエッセイの中でずっとそう語りかけてきた。

セクシー女優、文筆家、映画監督。様々な顔を持つ戸田真琴。
作品に出演する側ら、自身のブログに綴った「シンゴジラ」の映画レビューが話題となり、文筆業を始める。今年3月には2作目のエッセイ集『人を心から愛したことがないのだと気づいてしまっても』が刊行された。

孤独は、私たちの心の中にくすぶるさみしさの感情。
SNSやインターネットで誰とでもインスタントにつながれてしまう現代において、孤独であることは、どこか「良くないこと」にすら感じてしまう。

柔らかで読み手に寄り添うような文章の中で、戸田は人が抱える孤独を「美しい」と語りかける。
彼女が「孤独を美しい」と考える思いの中には何があるのだろうか。
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「孤独を肯定する」気持ち

「私が孤独を肯定する気持ちしかないっていうのは、ひとりになることで救われたからなんですよね。」

孤独は肯定したい。ひとりの心地よさを実感したのは、一人暮らしを始めたときだった。家族や友人といても、どこか芯から共感しあえる部分が少なく感じて、人といることの方が孤独を感じた。だから、実家を出るとき、不安はなかった。むしろ、なんだか安心した。



「ひとりでいるときって、外野に邪魔されず、自分の中にある「自分」と「過去に出会ってきた人たちの好きな考え」といっしょにいられる。一人だからこそ、自分自身と、そして大切な人たちに対してきちんと向き合える。逆に、たくさんの人たちに囲まれていても、その人たちと共感できないってわかった時のさみしさの方が何倍も傷つくと思うんです。」

人といると無意識に相手が望む自分を演じてしまっている気がする。他人がいるなかで、自分の尺度で考えを話せる人には憧れるけど、私はそうじゃない。だから、いったん持ち帰って、一人で考える。そういう考え方が合っていた。

「私が自分の気持ちを伝える手段として文章を使うようにしているのは、会話の中でその場ではすぐに伝えることが叶わない深度のことを、1人でゆっくり考える過程を経て、大切に伝えたいと思っているからなのかなって。」

私たちみんなで目指したい「ネオ孤独」

「でも、誰かといないと、自分が「空っぽ」になった気がしてしまう女の子って、たくさんいると思うんですよ。…やっぱり相手を自分の寂しさを埋めるために使ってしまっているのかもな、って。私が推奨しているのは、そのもう1段階上の『ネオ孤独』にいけたらいいなって思うんですよね。」



「映画とか友人の話とか、自分が触れた作品やその人の考えって自然に入ってくる。大好きな友人と過ごしたら、ひとりになってもその人の好きなところって思い浮かぶじゃないですか。それって、友人の良いところとか、一緒に過ごした良い時間が自分の中に入っている状態だと思うんです。そうやって、自分の好きなものを自分にいっぱい取り入れて、『人を愛しながら存在する孤独』って本当に最強だと思う。」

そうやって、ひとりの時間に、作品や友人から取り入れた自分の『好き』を整理する。
すると、少しずつ寂しさに支配される孤独ではなく、自分の考えの純度を高める孤独になってゆく。



職業柄、ファンとのイベントなどで、不特定多数の人と会うことがある。ファンと話して触れ合うとき、自然と心から笑顔や喜びが沸き出てくる。でも、表面的にみれば、彼らの連絡先もプライベートな情報も深く知っているわけではない。でも、彼らとの間には、相手を思いやる温かい時間があって、“あ、つながっている”、と思える。

「表面的ではない、そうやって心から通じ合えているという関係を増やすことで、誰といても『寂しい』という感情に支配されてしまう孤独からは解放できると思うんです」

純粋な愛を持って相手に踏み込む難しさ

心から通じ合えているという関係を作るのは難しいけど……、と彼女は少し困ったように続けた。

「心から通じ合える関係になるには、結局相手の心に踏み込まないといけないんですよね」

相手の土俵に踏み込むには、踏み込む側も傷つく覚悟がいる。相手のことを考え過ぎてしまうが故に踏み込めない自分の弱さもあった。



戸田自身、昔から人間関係に臆病なところがあった。

AVの世界に入る際、今の事務所を選んだ理由は、所属の先輩たちが楽しそうに活動をしていたからだった。先輩たちの明るく振る舞う姿を見て、この場所なら自分も大丈夫かもしれない、そう思えたことが決め手だった。

所属しても事務所のなかで特定の誰かと特別に親しくなることは少なかった。素敵な人と出会っても、媚を売っているように思われたくなくて、「好き」という想いは自分の中に留めていた。

所属から2年経ったあるとき、「どうしてこの所属事務所を選んだのか」と聞かれる場面があった。素直に理由を話すと、意外な言葉が返ってきた。
「そういうことをちゃんと相手に伝えた方がいいよ。そしたらすぐ親しくなれるのに。」

はっとした。
「周りでうまく人間関係を築いている人たちは、『好き』という純粋な感情を相手に伝えていたんです。」

私なんかが…と自分を勝手に卑下しすぎてしまったり、相手のことをずっと慮ってしまったりしていたが故に自分の感情を相手に届けられていなかった。

純粋に好意を伝えることの大切さと難しさを知った。

自分を特別扱いしすぎない

相手に一歩踏み込むには、自分自身を大切にしないといけない。

「最初は自分に自信がなかったんです。『自分なんて…』と思うこともよくありました。」



自分が傷つきたくなかったから、自分を悪い意味で少し特別扱いしてたのかもしれない。
でも、文章で自分の想いを綴りはじめて、少しずつ変わっていった。ネガティブに自分を捉えすぎないことを心がけるようになった。

「だって、自分の好きな人が「自分なんて…」って言ってたら悲しいじゃないですか。」

自分が書いた文章に対して届けられた声やメッセージを見て、自分が価値のないものと思った感覚にも、誰かには価値あるものなんだと救い上げて貰った気がした。

「そうやって、相手の意見と自分の考えをフラットに見つめて見直すんです。自分ではいらないと思うことも、誰かが要るって言ってくれるなら捨ててしまう前にちゃんと見つめ直す。そうやって考えを更新していく。その小さな繰り返しで、自分を再認識していくしかないんじゃないかな、と思っています。」

戸田真琴が照らすひとりぼっちの物語

今でも彼女は、自身の言葉を様々な形で発信し続けている。みんなの孤独に優しく寄り添うような語り口はどのようにして生まれたのだろうか。

「やさしい人になりたかったんです。」

小さいころに、両親にわがままだよねって言われてからその言葉がずっと引っかかっていた。どうやったら優しい人になれるのか、ずっと考えた。優しい人になりたくて、小学生の頃には、誰にも頼まれていないのに街中のゴミ拾いまでした。



「でも、みんなに優しい人にはなれなかった。私は、私がやさしいと思われたい人にしか優しくできなかったんです。だから、私のことを優しいと思ったのなら、それはあなたのことが好きってことですね(笑)。

エッセイも、今いる大切な人たちと、これから出会うかもしれない大切な誰かのことを思って書いています」

今では、社会とつながりながらも、ただ安全に居られる許しのある”保健室“のような場所を作りたい、という想いから、少女写真家の飯田エリカさんとのポッドキャストの配信も行っている。

「私にとって大切な人たち……親愛の情を感じられるような人たちに聴いてもらえたらと思って始めました。そういう人たちはすでに社会の中で傷つけられていることが多いので、シェルターのようなものになれたらなと。私の言葉で誰かを救うことができるなんておこがましいことは思っていないけれど、この世は十分にどうしようもない場所だと思うので、少しでも共感できるところがある人同士なら守り合って生きていきたい。私も、私に少しでも守りようがある人のことは守りたい。必要な人の元に届くといいな、と思っています。」



文章で、声で、映画で、いろんな形を使って自分の内外からさまざまな思いや言葉を綴ってきた戸田真琴。

「私は、これから作品を作るとしても、悲しみや孤独を抱えた人の物語に焦点を当てていきたいです」

これから、彼女はどんな物語を紡いでいくのだろうか。それは、きっと私たちの抱える孤独を照らす光のように、やさしく輝くにちがいない。

POSTED

2020-12-02

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