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人生のどん底で見つけた「番頭兼イラストレーター」という生き方|わたしに読む交換日記

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番頭兼イラストレーター。

そんな一風変わった肩書きで、老舗銭湯の小杉湯で働き始めて3年。

浴室のPOP制作、広報、イベントの企画、店内環境の整理など、番頭として小杉湯にまつわる様々な活動をする一方、イラストレーターとして、銭湯を俯瞰的に描く“銭湯図解”をきっかけに、飲食店や図書館など、あらゆる場を図解してきた。

こんな働き方、こんな生き方を選択できたのは、2016年の12月、小杉湯の三代目である佑介さんと出会ったからだ。



その当時、私は設計事務所を体調不良で休職して人生のどん底にいた。

インテリアコーディネーターの母親に憧れて入った建築の世界。いずれは建築家になって設計に携わりたいと、有名建築家の設計事務所の門を叩いたが、働き初めて1年半で体調を崩してしまった。

一日中だるく、落とし穴にハマったような突発性の目眩、文字は読めても内容が理解できない、些細なことで涙が溢れる、顔色が真っ白...などなど。明らかな異常を感じ病院に行ったところ、医師から3ヶ月の休職を告げられてしまった。

その事務所で経験を積んだあとは、海外の設計事務所で働こうと計画していたのに休職だなんて。人生ゲームで自分だけが一回休みを引き続けているような心地だ。

SNSをみると、第一線で活躍する同期の姿が目に飛び込んでくる。友人たちは毎日一歩ずつ前を歩いているのに、どうして自分だけはここで踏みとどまっているのだろう。

体を壊した自分、何もできない自分、何も持っていない自分に怒りと絶望を感じ、すっかり塞ぎ込んでしまった。



そんな時、大学の先輩が最近ハマっていると誘ってくれたのが銭湯だった。

銭湯は大学で寝泊りしていたときに、家風呂代わりに使ったのが最後。しかもあまり清潔でなかったから、銭湯に対して良い印象はなかった。でも、気分転換にと久々に訪れた銭湯はまるで違っていた。

最近改装されたばかりのモダンなデザイン、スーパー銭湯のような多様な浴槽が楽しく、そして昼の光に照らされた浴室はとても美しかった。

思えば昼間に銭湯に入るなんて初めてだ。ちょっぴりずるをしているような気持ちで、湯船に使って思いきりのびをすると、一回休みも悪くないと初めて思えた。それ以来、銭湯に何度も通うようになった。

銭湯ののびやかな空間、交互浴(あつ湯と水風呂を交互で入る入浴法)の心地よさ、おばあさんとの他愛もない会話は、当時の私の心を癒し、あなたはあなたのままでもいいと言われているようだった。

そうして銭湯のことばかりを考えるほど銭湯が好きになった時、ふとTwitterで交換日記をしていた友人あてに、銭湯の絵を描くことを思い立った。



彼女はまだ銭湯に行ったことがなかった。そんな彼女にも銭湯の面白さ、魅力を伝えたいと、建築技法の「アイソメトリック」を使って、俯瞰的に銭湯のイラストを描いたのだ。

それをTwitterにあげたところ、友人はもちろんのこと、見知らぬ人からも反応がありとても驚いた。今にして思えばわずかな数ではあったが、絵を評価されたことがなかった私にとっては、あまりにも十分な数だった。

それが嬉しくて、様々な銭湯に行くたびイラストを描くようになった。そうして、何枚も何枚も描いて投稿する内に、突然、小杉湯から「パンフレットを描いて欲しい」という連絡がきた。

小杉湯は、色んな記事で取り上げられていたから、いつか行きたいと思っていた憧れの場所だったけど、家から遠かったので行くのを楽しみにとっていたのだ。

それが突然連絡があったので、嬉しくないわけがない!



すぐさま約束を取り付け、小杉湯に向かった。昔ながらの銭湯らしい、重厚で艶々した唐破風屋根。最近リニューアルした感じがする、木の格子も馴染んでいていい感じ。

到着したことを連絡すると、シャッターの奥から爽やかな感じの男性が出てきた。その人こそ、小杉湯三代目の平松佑介さん。赤ちゃんを抱きながら、屈託のない笑顔で出迎えてくれた様子に、「爽やかでこんな若い人が銭湯に関わってるなんてすごいなあ」と純粋に感心した。

佑介さんは赤ちゃんをあやしながら、小杉湯の中を紹介してくれた。

小杉湯の中は、すごくキレイで居心地が良かった。富士山のペンキ絵や、ずらっと並んだカラン、藤の籠、木のベンチなど、いかにも昔ながらの銭湯っぽいアイテムが揃っているのに、これまで見てきた銭湯の中でダントツでキレイ。

昼の光が差し込んでいるのも気持ち良くて、ゆっくり深呼吸したくなる。こんな気持ちのいい銭湯を描けるなんて、すごく光栄だな、と気持ちが昂る。




案内をしてくれている時に、佑介さんは小杉湯に入ったばかりなのだと教えてくれた。

「大学を卒業した後、ハウスメーカーの営業をやってて。そのあと、人材採用のコンサル会社をベンチャーで立ち上げて、家業の小杉湯に入りました。小杉湯の店主は僕の父で、僕はまだ継いでいないんですよ。小杉湯に入ってから、少しずつお店を変えていきたいと思ってて、まずはほっこりしたイラストが必要だと思ったから、SNSで見かけた塩谷さんに声をかけました」

小杉湯の浴室にはWordで作ったらしい厳しすぎるフォントのPOPがそこかしかに掲示されていた。それが佑介さんが入る以前からここにずっとあったということは、なんとなくわかった。

まずは、POPや商品の値札のような細かいところから、銭湯らしい温かな雰囲気を作っていきたいのだという。



「塩谷さんは銭湯ってどう思ってる?」

てっきり、パンフレットの打ち合わせをするだけと思っていたから、こんな深い問いが飛び出てきて思わずドキッとした。

設計時代の癖もあって、物事を深く考えるのが好きで、もちろん銭湯も、お風呂に入りながら色々と考えを巡らせていた。

銭湯が好きな人は身の回りにもいたけど、好きな理由を聞くと「お風呂が大きいから」「風情を感じる」「色んなお風呂や入浴剤を楽しめる」という答えが大半。

でも、それって温泉やスーパー銭湯とどう違うの?

風情を楽しめるなら、歴史ある建物でもいいじゃん。

銭湯にしかない、銭湯じゃなきゃいけない魅力ってなんだろう?

銭湯好きとして、その答えを日々考えていたからこそ、佑介さんの質問にドキッとしたし、同時にその質問をずっと待っていたような気持ちがあった。



「銭湯は日常と非日常の間のお風呂だと思います。家風呂が日常、温泉やスーパー銭湯が非日常なら、銭湯はその間。建築で、ケとハレという言葉をよく使うんですが。ケは日常や生活、ハレは非日常やお祭りの空間みたいな感じですね。その言葉で言うと、銭湯ってケの日のハレなんじゃないかなって考えてます」

これまで抱えていた考えを全部吐き出してみた。

自分でもまだ言語化できていなかったし、ちょっと難しいところもあってどこまで伝えられているか自信がない。もしかしたら、求めていた答えと、違うかもしれない...。



「いいじゃん!すごい、めちゃくちゃ面白い!!」

そんな不安をよそに、佑介さんの答えは快活なもの。それは純粋に、すごく嬉しい言葉だった。

今まで、深く考えたことを誰かに伝えたことがなかった。それが相手に伝わると思ってなかったし、何より、めんどくさいやつって思われるのが怖かった。だから、佑介さんが理解してくれるのが、すごく、すごく嬉しかったのだ。

その質問を口火に、どんどん深く、根源的な話を交わした。

佑介さんの深い問いに対して、今まで学んできた建築の知識を活かした、時には形而上的な答えを返す。佑介さんは面倒くさそうな顔をするでもなく、純粋にその会話を楽しんでくれていた。

これまで誰かに理解されることが少なかった私にとって、佑介さんとの出会いは衝撃的だったし、救われたと感じる瞬間だった。

これが最初の佑介さんとの出会いで、私が小杉湯、そして佑介さんに惹かれたきっかけだ。

この日から、小杉湯に足を運ぶ日々が始まった。

POSTED

2020-08-26

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