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クローゼットには、友達との思い出が浮かぶ服ばかり並んでいるーーライター・三浦希

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クローゼットには、「心が映る」と思う。

あの日のあのときに着ていた思い出の服、いつか着てみたい未来の勝負服、今の自分の象徴のような服。クローゼットには、過去や現在、未来の自分の想いが服という形で存在し、それぞれに持ち主の個人的な思い出やこだわりがにじむ。

自分が他人からどう見られたいのか、どんな人間になりたいのか、何を大切にしているのか。そうした心のありようを俯瞰的に見ることができるのが、クローゼットなのかもしれない。

そんなクローゼットを入り口に、その服を手に入れたときの話や捨てられない理由、どんな感情を抱いているかを伺うことでインタビュイーの胸の内に迫る。


その場にはいないのに、なぜかいつも話題の中心になってしまう人がいる。

「昨日あいつと飲んでたんだけどさ」「あいつは本当にしょうがないよな」「久しぶりにあいつに会いたいな」

その人との思い出や、思っていることを、みんなが口々に話し始めるような。「もうあいつの話はいいよ」と言いながら、気が付くとまた、その人の話になってしまう。

そんな人間と、人生の中でたまに出会う。



フリーライターの三浦希も、そのうちの一人。酒飲みで、ヘビースモーカーで、口癖のように「金が無い」と呟く。そのくせ、目の前の友達に似合うと思えば、その日に着ていたコートでさえその場であげてしまい、寒がりながら家路につくこともある。友達の挑戦は決して笑わず、全力で背中を押す人情味がある。お酒で失敗することも多いけれど、人懐っこさゆえ、いつも友達に囲まれていて、いつも友達の話を嬉しそうにする。

そんな姿を、まるで映画や小説の主人公のようだと思い、彼が何を考え、何を大切にしているのか、話を聞いてみたくなった。

思い出を身に着ける


三浦希とは、4年の付き合いになる。

「昨日急いで部屋の片づけをしたら、引っ越したばかりの部屋みたいになってしまい。何もないですけど、適当に座っててください。あ、これも食べてくださいね」

彼の照れ隠しは分かりやすい、といつも思う。沈黙が怖いのか、会話が止まるとすぐ次の話題を出すのに、目はあまり合わせようとしない。会話には敬語が混ざる。

それでも、彼は相手のことをよく見ているし、相手が楽でいられるような気遣いが上手い。今も、事前にコンビニで買ってきたチョコレートとカフェオレをこちらに差し出してきたところだった。



「貰い物が多いんすよ」と言いながら、彼がクローゼットを開ける。

昔のバイト先のスタッフTシャツ、仲良くしている先輩がやっているブランドのTシャツ、下高井戸で友達とルームシェアしていた時代にドン・キホーテでまとめ買いしたパックTシャツ。

そのどれもに思い出があるようで、一枚一枚、嬉しそうに説明をしてくれた。



「これは下高井戸の床屋『BARBER SAKOTA』の4周年記念Tシャツ。下高井戸に住んでいたときから、ずっと仲良くさせてもらってて、これは記念Tシャツにスタンプを押す手伝いをしたときにお礼としてもらった。迫田さん(店主)はお金を払おうとしてくれたんだけど、俺はお金を貰うよりTシャツの方がいいなと思ったから『大丈夫です』って断った」



「どうして?」と尋ねると、「だって、お金だったら、一晩で飲み代に消えちゃうじゃん」とあっけらかんと答える。

「でも、Tシャツだったら無くならない」

記憶の話だと思った。

人間の記憶は時間と共に少しずつ薄れていく。それは、どんなに大切な思い出でも。少し大袈裟かもしれないが、思い出に形を作ることは、そんな理不尽への抵抗なのだと思う。



「大事な思い出や友達の顔を思い出せる服をなるべく着たい。『あのとき、あの先輩とあの居酒屋に行ったよな』とか。俺は酒を飲むといろいろ忘れちゃうから。思い出を身に着ければ、絶対忘れないなって」

思い出の形として、なぜ服を選んだのだろう。

「なんだろうな。例えば、花だったら枯れてしまったり、花瓶だったら割れてしまったりすることで、終わりが来ると思うんだけど、服は永遠というか。自分で終わりを決められるから。大事な人にそばにいてほしいのと、ずっと終わらないモノとしての服、という意味合いが自分の中にある」



ボロボロになっても、捨てられない服


再びクローゼットに向き直る。上下二段のうち、今度は下段の引き出しを開けていく。



取り出した衣類の中、ボロボロの黒いワイドパンツが目についた。ほつれや破れが目立ち、外で履くには多少のためらいが発生しそうなモノ。

「それ、いいでしょ」

彼が履いている姿を昔よく見た気がする。こんなにボロボロになっていたとは知らなかった。

「これも着るの?」と聞く。「いや、もう履けないし、さすがに捨てようと思ってたんだけど、これは捨てらんなくて」、そう言いながら彼が取り出してきたのは、まったく同じブランド・型の黒いワイドパンツ。以前、恋人がクリスマスプレゼントとして買ってきてくれたそうだ。



新品を手に入れたのに、古いモノを捨てることができない。やはりそのパンツも大切な友達との思い出の形なのかと思いきや、そういうわけでもないらしい。

「上京して中目黒で働いてたときに買ったもので。単純に『かっこいいな』と思って買った。そのときはバカみたいに忙しくて、このパンツも毎日履いてたと思う」



よく見ると、ところどころが煤けて、黒のはずなのに赤茶色のようにも見える。新品を買い直したいくらい気に入っていて、何度も探し回ったが見つからず、半ば諦めていたという。

「だから恋人が同じモノを探して買ってきてくれたときはマジで嬉しかった。けど同時に、古い方も絶対に捨てらんないなと思った」

新品ではなく、ボロボロの方に目を向けながら、彼は話し続ける。

「新しく買ってくれた方を見て、恋人の顔が浮かぶのは当たり前なんだけど、古い方を見ても、今の俺には恋人の顔しか浮かばないのよ。この服に染みついていた思い出が抜け落ちて恋人の存在が上書きされた。新しいモノも大事、大事なんだけど、それは彼女がこの古いパンツに想いを馳せたから受け取れたモノなわけで」

外には履いていかない、捨てることもしないそのボロボロのパンツを、彼はいま寝るときに履いている。



友達に「忘れられたくない」という感情


「自分が今持っているどの服を見ても、友達の顔が浮かぶ」

そう言い切る彼の姿をじっと見つめる。嘘ではないのだと思う。彼が服の説明を始めたと思ったら友達の話に変わっていた、ということが幾度もあったのだ。



彼にとって、服が記憶を思い出すためのきっかけであることは分かった。しかし、そうなると「服を譲ること」ができるのはなぜなのだろうか。

彼はお気に入りで大切にしている服でも、ましてやいま着ている服でも、「あげたい」と思った瞬間に譲ってしまう。服を譲るという行為は、彼の中でどのような位置づけにあるのか。

「人に譲っても、思い出は消えないというか。友達にあげて、その人が身に付けてくれれば思い出は受け継がれる。友達が俺の大切にしてた服を着てるのを見ると、気持ちいいんよ。『うわー、俺を着てる!』とか思う(笑)」

「でもそれだけじゃなくて」と前置きが入る。



「その友達は、きっと俺と会うときにはその服を着てきてくれる。そうじゃなくても、その服を着るときには俺のことを思い出すじゃん。そうやって、俺のことを思い出すきっかけを増やしたいなと思って、服をあげてるんだよね」

友達のことを忘れたくないし、自分のことを忘れられたくもない。その祈りを服に託している。

「さっき『大事な人にそばにいてほしい』って言ったけど、それとは逆に自分のことをそばに置いてほしいって気持ちも強いのかもしれない。俺が服をあげるとか、似合いそうな服を勧めるとか。その人の生活の中のどこかで、俺のことを思い出して欲しいのかも」

「三浦くんっていたよね」って思い出してもらいたい


「俺がファッションを好きになったのって、小6のとき、剣道サークルの先輩からスニーカーを貰ったのがきっかけで」



古い記憶のはずなのに、まるで昨日あったことのように話す。

そのスニーカーを入り口に、三浦希はHIPHOPを聴き始め、ファッションを自ら学び始めた。その原動力となったのは、スニーカーをくれた先輩への憧れ。

「フミノリくんって言うんだけど、彼への憧れの気持ちは今もずっと残ってて、ずっと忘れない。ポジティブな爪痕を残す、じゃないけどさ、俺もそれを周りの人にできたらいいなあと思ってる」

ポジティブな爪跡を残すことで、相手の中に自分という存在を刻む。忘れられたくないと願う。

「『横道世之介』って映画、知ってる?」

長崎から大学進学のために上京した、不器用でお人好しな青年・横道世之介と、彼とかかわりを持った人たちの交流を描いた映画。

「あの映画では、世之介が死んだあとも、みんな世之介のことを覚えててさ。『バカなやつがいたよな』とか、手紙を読んで泣いちゃうとか。俺はあれを観て、すげーいいなと思ったんだよね。服を通じてでも、『三浦くんっていたよね』って思い出してもらえたら、尊いなと思う」

彼の話を聞いてから、ほんの数秒考え、思ったことをそのまま伝えた。「それは、寂しいって感情?」と。

彼は驚いたように「確かにそうかもしれない」と呟いた。



「思い出してもらったら嬉しい。でも、思い出してもらえなくなったら終わり。悲しい、寂しい、切ないと思う。言ってもらわないと気付かなかったな」

北海道から上京するとき、彼の父親は空港で言った。

「友達は作れよ。友達がいればなんとかなるから」と。それは、彼がずっと守り続けている父親との約束だった。

大切な友達との思い出が詰まったクローゼット


いつから、すべての服に誰かの顔が浮かぶようになったのか。

「東京に出てきて思ったんだよね。『この人面白いな』って人はみんな、自分の話じゃなくて、友達の話をしていたのよ」

当時の彼は、「僕は」と自分が主語の文章しか書けなかったらしい。だから、東京で出会った人たちにたいそう驚いた。

「でも、自己紹介するより、よっぽどその人のことが分かる気がした。友達のことを話すことで、結果的に自分がかたどられるというか」



「結局、真似なんだよな」。誇らしそうな顔でそう言う。

「人にモノをあげるのもお父さんの真似だし、友達の話ばかりするのも、東京で出会った人たちの真似だから」

視線が自然とクローゼットに向く。

「友達のことを話すことで、結果的に自分がかたどられる」とは、まさに彼のクローゼットのことではないか。友達の顔が浮かぶ服ばかり並ぶこの場所には、確かに三浦希の輪郭が表れている。

「影響されやすいんだろうなあ。でも、友達の存在に影響されて人生が曲がりくねっていくのは、最高に嬉しいな」

POSTED

2020-10-07

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