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無駄な過去なんてないと気づけた日。青山ブックセンター店長、山下優の”千夜一夜物語”

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何かひとつを極めて著名になっている人には、小さいころからそれが好きで続けてきた結果だ、という人も多い。

だが、青山ブックセンター(以下:ABC)の店長、山下優はそうではない。

今や書店業界に新たな風を吹かせ注目を集めている彼だが、幼いころから本が好きだったわけでもなく、20代半ばまでは特に大きな目標もなかったという。

一体何が彼を変え、そして今の立場まで突き動かしてきたのだろうか。

山下優、社会人デビューは「無職」


高校3年生の夏まで彼は生粋のサッカー少年で、当時読んでいた本といえば、父の書斎にある数冊の小説くらいだった。



サッカー部を引退した後、次に彼の興味をひいたのはファッション。参考書を買いに行った神保町の本屋でファッション雑誌に心奪われたのがきっかけだった。

勉強に身が入らず、浪人が決まってすぐ、彼が始めたのは日雇いのバイトだった。

浪人時代、日雇いのバイトで東京に行く度に古着屋を巡り、当時貯めていたお金は全部服に消えていった。

大学生になった後、行きつけだった古着屋の店長の音楽好きに感化され、レコード屋にどっぷりとはまっていった。

時給1000円以上のバイトを日中と夜勤で掛け持ちし、稼いだお金は服とレコードにつぎ込む日々。将来のことなんて、考えていなかった。

最低出席日数を担保し、バイトとレコード漬けの毎日を送る彼にも就活の時期がやってくる。




雑誌の編集者になりたいなぁと漠然と思っていたんですけど、ちょうど雑誌の売り上げが落ちている時期で。「業界を変えてやる!」なんて気概も無かったので、早々に諦めちゃったんです。

今となっては何様だと思うんですけど「サラリーマン=しんどい」というイメージがあって。ただ、就活は権利だから一応やるだけやってみたんです。まぁ、すぐ会社で働くのが向いてないとわかったし、雇ってすらもらえなかったんですけど(笑)

結局、どこにも内定することなく、彼は無職のまま社会に放り出された。


変わるきっかけは、自分の中になくてもいい


特にやりたいことはなかったが、心のどこかには「雑誌やカルチャーにかかわりたい」という思いがくすぶっていた。

ふらふらと当てもなくさまよっていた頃、ふと頭に浮かんだのが表参道の国連大学の隣にある書店、青山ブックセンター(ABC)だった。

彼が学生の頃、ABCは漫画の立ち読みができる数少ない書店の一つで、立ち読み目当てでよく足を運んでいた。また、都内では珍しくカルチャー系の洋雑誌の取り扱いも多く、ファッションと音楽好きな彼にとっては、数少ない「働きたい」と思える場所だった。

ただ、問題は時給だった。募集していたのは最低賃金のアルバイト職のみ。そこで彼はホテルのテニスコートの受付も掛け持ちで始める。昼はABCで、夜はホテルで働くバイト三昧の日々。

そんな生活が2年ほど続いたとき、大きな転機が訪れた。

働きまくっていたので、お金は貯まっていたんですけど、逆にそれを使う時間が全然無くて。そろそろホテルのバイトを辞めようと思って決めた最終日が、2011年3月11日だったんです。



震災の影響で品川で足止めを受けた多くの人がホテルになだれ込み、その対応が一日中続いた。崩れたトンネルや東北の炎をニュースを呆然と眺めていると、彼の中で何かが変わる音がした。

大学卒業後も実家暮らしでバイトで食いつないで、モラトリアムが7年くらい続き、そこで震災の様子を目の当たりにして、このままではいけないと思ったんです。

変わる覚悟を持たないといけないって。

人が変わる瞬間は、決して内発的動機である必要は無いのだろう。関わる世界が変われば、自ずと変化していくもの。

意を決した彼は、ABCの仕事に本気で取り組もうと週5で働き始めた。


通い詰めたレコード屋がくれた、小さな成功体験


週5で働くようになると、棚作りの仕事を任されるようになる。最初に担当したのは一番好きな洋雑誌。

右も左もわからない中で、先輩書店員が無言で直していく雑誌の並べ方を、見よう見まねで学んでいった。棚作りのアイデアの源泉は、通い詰めたレコード屋だ。ニッチなレコードがポップ一つで売れていったのを思い出し、自分なりに雑誌のプロモーションをしていった。



一定の売上げを出せるようになると、次に新書の棚作りを任される。

お客さんが常に”新しいモノ”を求めていたことも後押しし、新書の売上は徐々に伸びていった。

当時、お客さんは新書を求めてABCに訪れていたわけじゃなかったと思うんですけど、自分の棚作りやポップの工夫で新書が売れていくのは嬉しかった。

新書っていろんなジャンルが混ざってるじゃないですか。だから、あらゆる文脈で区切れるし、横断してもいい。自分の仕掛けで本が売れていく楽しさの原体験は、新書が作ってくれました。



「小さい頃からの本好き」でなかった彼は、ジャンルが変わる度に新しく知識を仕入れ、棚作りに反映していった。楽なことばかりではなかったが、「売上げの増加」という小さな成功体験の積み重ねが、彼をつなぎ止め、書店に対する熱い思いを育んでいった。


月20本のイベントを1年以上続けられたワケ


その後も担当ジャンルを転々とし、「ABCの山下優」と認知されはじめるきっかけが訪れる。ABCの店舗リニューアルだ。

店舗レイアウトが無事終わった後、息つく暇も無く、彼は月20本のイベントを開催するという無謀なことを始めた。

本が売れない時代と言われる中、ABCからも客足が遠のいていたのだ。

打開策として彼がヒントを得たのは、足繁く通っていた海外アーティストのライブだった。

はじめは買うつもりが無かったのに、ライブ終わりには体験の思い出としてレコードやCDが欲しくなって買っていたなと。お店に来ていただきさえすれば買ってもらう自信はありました。



月に20本やると決めたのは彼自身だった。「それくらいやらないとダメだと思った」と振り返る。翌月の分も含め、常に40本ほどのイベントを企画し、帰り道でもメールのラリーが止まらない。家に帰ったらベッドになだれ込み、起きたら再び仕事場へ。

まぁ、流石にちょっとおかしかったなと思います(笑)。ただ、自分の時間を何かに全振りする、そういう時期も必要だって本能的に感じていました。きっと、これをやりきったら違う世界が見えるはずだという不確かな自信が、僕を突き動かしていた。

イベントの成果は一朝一夕でわかるものじゃないから、棚の仕事並行して、結果が出始めるまで本当にしんどかったですね。

自分の信念だけで1年以上イベントを運営し続けるのは並大抵じゃない。「途中燃え尽きそうになった」と言う彼の信念を保ち続けたのはなんだったのか。



著者とのつながりです。イベントでこれまでお世話になった方に会うと、もう一踏ん張りしようと思えた。

その踏ん張りが12ヶ月連続売上げ更新といった形で、ついに花開き始めた。

「出版不況」と言われ続ける中で、それにあらがい続ける彼の姿は目立ち始め、2018年の「ニュースイッチ」のインタビューにつながっていく。

インタビューが出たとき、これまでお世話になった沢山の出版関係の人がツイートしてくれて、自分は人に恵まれていたんだと改めて思いました。我慢してやってきて良かったと胸いっぱいの気持ちでした。


やりたいことは、迎えに行くのではなく、引き寄せる


2018年、店長の退任に合わせ、彼は一度も正社員を経ずにいきなり店長へと昇格する。書店全体の責任を負うこととなった結果、逆に書店の店長という肩書きに囚われ、身動きが取りづらくなったという。そのコリをほぐしてくれたのが、ABCの出版プロジェクト第一弾の著者となった発酵デザイナーの小倉ヒラクさんだった。

ヒラクさんから、「出版事業をやったらどうか」と声をかけてもらい、別に書店だからといって、従来の書店の枠組みの中でビジネスを完結する必要は無いと気づいたそうだ。

心のどこかで「作る側」になりたいなって思ってたんです。それは出版社や著者サイドにならないと出来ないと思っていた。でも、そんなことなかった。

自分のやりたいことを、自分の場所に引き寄せればいいんだって。

雑誌の編集は出来なくても、書店を雑誌に見立てれば、編集は自分の仕事になる。逆に、書店だからこそ出来る出版のあり方もある。



やりたいと思っていたことを因数分解してみて、やりたいことの「何が」できていると幸せなのかを考えてみる。

憧れの職種につかないと自分のやりたいことはできないのか、と違う視点で見てみるだけで、自分の道は存外、簡単に開けるのだ。


好奇心をひらくと、全ての経験はつながって見える


彼の人生を振り返ってみると、偶発的つながりの連続のように思える。

参考書を買いに行ったらファッション誌に惹かれ、古着屋がきかっけでレコードにはまり、「漫画が立ち読みできたから」という理由でABCと出会い、棚作りはレコード屋から学び、無数の著者とのつながりが、燃え尽きそうになった彼を支えてきた。



僕は全部のことが地続きだと思ってる。あのご飯食べたから、あの本読んでみようって思うかもしれない。あの本読んだから、あの服着ようって思うかもしれない。面白がるっていうのは、ジャンルで分断するのでは無く、“何でもつながってる”と考えること。

そうして好奇心をひらき続けると、自然とこれまでの経験がつながってくるのかもしれないですね。

僕らは、いつでも何かと「つながっている」。

その「つながり」に意味をつけて「つなげる」だけで、見える世界はガラリと変わる。

サッカーで一番好きな瞬間を尋ねると、ゴールにつながるアシストができたとき、と答えが返ってきた。

もしかしたら、サッカー少年だったころから、「ABCの書店員 山下優」の歴史は始まっていたのかもしれない。

だけど、第三者のそういう意味づけすら、無意味なのかもしれない。

自分で「はじまった」と思う瞬間が、何よりも尊いのだから。



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POSTED

2020-07-29

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