article_image
essay

窓際で送ったふたりだけの青春

SHARE:
URLをコピーしました

知らせは、とつぜんにやってきた。
冷蔵庫の残りもので作った簡単な炒めものをつまみながら、チューハイを片手にNetflixのアニメを流し観る、いつも通りの夜。とつぜんポロン、とスマホが鳴った。また母からのLINEか、と少し面倒に思いながらスマホを覗くと、「お久しぶり」の文字と見慣れない名前が見えた。誰、何事。おそるおそる画面を開くと、ビジネスメールのような簡素な文面が、「結婚した」と伝えてきた。送り主は、古い友人からだった。

彼女は私の親友だ。中学高校時代のいちばん、の親友。高校を卒業後、お互いに地方の大学に進学してからは顔を合わせることもなく、思い出したように電話やLINEで連絡をとることはあったものの、文面の連絡もなんとも数年ぶりだった。

親友の結婚。人生の節目を感じて、大人になったんだなと、しみじみする。



私は小学校を卒業後、実家を出てキリスト教系の寮制中高一貫校に入った。その話をすると、いつも「ご両親すごいわね」とか「小さいのにしっかりしてる」とおべっかを言ってもらえるのだが、おおきな志を抱えていたわけではない。ただ、馴染めなかった同級生と一緒の中学に行きたくなかった、という小さいが当時の私にはものすごく大きな問題からの全力ダッシュ逃避だった。新しい環境で、少女漫画で読んだ「たくさんの友達に囲まれる主人公」のような、いわゆる中学デビューを目論んだのである。だが、そんなに都合よく人の性格は変わるわけではなかった。5月に入り、お互いのキャラクターが分かりはじめ、クラス内のカーストが少しずつ色分けされていくなか、私にはまだ友達と呼べる人がいなかった。「このまま友達ができないんじゃないか」と不安になっても、全寮制の校舎には、マイナス思考を止めてくれる母も弟たちもいない。毎晩、公衆電話から泣きながら家族に電話をかけていた。

彼女と出会ったのは不思議な縁だった。たまたま寮の部屋が隣になった彼女は、色白の肌にこけしみたいな一直線に切りっぱなしの黒髪、のら猫のような切れ長の目を持っていてどこか不穏な感じがした。正直、怖かった。おばあちゃんの家に置いてある日本人形と目が合うようなぞくっとする怖さ。
クラスでもまったく話したことのない私たちは、なぜか朝食後に歯磨きをするタイミングが一緒だった。学校に設置されている横に長い銀色の水道の前で、人一人分の距離をとって私たちは毎日無言で歯を磨いた。もちろん、お互いはお互いを認識している。だが、話しかける内容もない。というか、どうしても目つきが怖い。シャカシャカシャカシャカ。今日も、もういいかと口の中のどろどろを吐き出して帰ろうとしたとき、
「Tシャツめくれてんで」
ときつめの関西弁が聞こえた。振り返ると、彼女が私のめくれたTシャツの裾を指差していた。
「ありがと」
「ううん」



その日以降、彼女とは、朝の歯磨き時に挨拶を交わすようになり、授業の休み時間に、話すようになった。きっかけさえできてしまえば、距離が縮むのはあっという間だった。部活に入らなかった私は、放課後によく彼女の部屋に遊びに行った。彼女の持っているCDも本も中学生にしては大人びていて、椎名林檎のCDを貸してもらったり京極夏彦の小説を教えてもらったりした。山口小夜子の写真集を見せてもらったときは、男の子にも感じたことのないドキドキした感覚を味わった。部屋に長居し過ぎて、「室員がひとり増えたかしら」と室長に呆れられたほどだ。休日は、一緒に朝日新聞の人生相談を読んで中学生のくせに大人の悩みに呆れたり、気の合わない先輩の愚痴を言い合ったりした。聖書を二人で読んで、現代の価値観に合わない記述に爆笑した。

その後も、クラスのカースト上位には縁もなく、彼女とふたり窓際族として過ごしていくことになる。華やかな彼女たちに「なにそれ〜」と引かれながらも粘り強く相田誠の画集を眺めていたことも、スカートの丈を短く切り揃えてうっすらと化粧を始めた彼女たちを眺めてひそひそと妬み嫉みを言い合ったこともあった。いや、そんなことしかなかった。でもカースト圏外のじっとりした青春は、私の忘れられない思い出になっている。窓際は、桜も新緑も紅葉も降雪も誰にも邪魔されずに眺められる特等席だった。



あらためてLINEを見返してみる。絵文字も「!」も何にもない、地味で簡潔な結婚報告。まったく、あいつらしいなー。彼女のことを考えると、思い出す物語と1つの台詞がある。

岨手由貴子監督、映画『あのこは貴族』。東京で暮らしながらも生き方が異なる2人の女性が、自分の人生を歩もうとする姿を描いた物語。東京の上流家庭の箱入り娘として育てられた華子は、結婚こそが幸せと教わってきたが、婚約者に振られてしまう。一方、地方から上京した美紀は、仕事も恋愛もうまくいかず、東京にいる意味がわからなくなっていた。交わることのなかった2人の人生はある1人の男によって交差し、お互いに影響を与え合ってゆく。

思い出したのは、地元の親友である里央と起業をすることで東京でのやりがいを見出してきた美紀が、何が自分の幸せなのか悩んでいる華子を自室へ招いて会話をするシーン。

「どこで生まれても、最高な日もあればそうでない日もあるよ。でも、その日何があったかを話せる人がいるだけでとりあえずは十分じゃない?旦那さんでも友達でもそういう人って案外出会えないから」

最高な日もそうでない日も、いっぱいあった。どんな1日でも隣の部屋に行って、音楽を聞いて本を読んで語りあうことで、思い出にすることができた。彼女は、私の字がきれいなことも、いびきをかいて寝ることも知っている。私も、彼女が顔に似合わず小心者であること、立てた目標は絶対にやり遂げる努力家であることを知っている。お互い、友人なのに姉妹みたいだ。多くの友達に囲まれる望んでいたそれとはまったく違う青春。でも、私は多くの友達よりも、「今日1日」を話せる彼女と多くの時間を過ごせて良かったと思う。

今度、彼女は東京に遊びに来るらしい。そのとき、どんなお祝いをしようか、どんな話をしようか。考えるだけで楽しみである。

POSTED

2021-06-30

CATEGORY

essay